受講生の体験談
スピリチュアルカウンセラー課程16期

卒業論文〈卒業に向けて〉 K・Tさん:男性

【どんなスピリチュアルビジョンになりたいか?】 
私の望むスピビ
私はフムアルフートに参加する前から、精妙な波動を自身の肉体に感じることができて、それが確かな手がかりとして、スピリチュアルなことに興味を持っていた。
だが、その波動をどのように上昇させるかは全くの未知であり、手がかりはなかった。ある日、幸運にもフムアルフートを見つけ、内容を知るにつれて、波動が上昇する機会が与えられるのではないかと思った。更に幸いなことに、家内もそれに興味を示して、同時に参加することになった。
しかし、参加はしてみたものの、頭がついていけないばかりか、自分の中から得体の知れない抵抗感に見舞われて、早々にして危うく投げ出しそうになった。
その時、寺尾夫美子さんから救いの手が差し伸べられた。期を一つ後に移す猶予が与えられたのだ。半年間の遅れは、辛くはあったが、救われた思いの方が強かった。
元々他人から教わることを嫌い、「自らの力で取り組むことに意義を見出すような生き方こそが自分らしい。」という思いに囚われていただけだ。
その実体は、素直に未知のものを受け取れないという拘りがあったのだ。それこそが自らが今世をかけて作ってきた大きな信念だった。

一期遅れのクラスを再スタートしてみたものの、思考一辺倒の私には相変わらず理解できないことだらけのクラスだった。
教えられても何も掴めない。拒絶感で何も頭に入らない。自分自身に腹を立てながら、焦りの中で懸命にもがいていた。
だが、どこかでゆっくりと思考が溶け始めているような感覚を覚えていた。それに伴ってハートで感じる感覚が、機能するようにもなった。更には、様々な気付きが、寺尾夫美子さんだけではなくクラスメイトからも投げかけられていることが、だんだんとわかってきた。
一旦それを自覚し始めると、一気に心が氷解し始め、心が震えて涙が溢れてくる。男子たるものが、人前で涙を見せるなんて、なんたることであろうか。
でも、クラス仲間は誰も笑わなかった。それどころか、皆が静かに寄り添ってくれているではないか。なんという温かな感覚だろう。これからは、ハートが感じるままに、涙を流そうと思った。
もしこれまでの道のりを理論的に説明できるものなら、こんな苛立ちをしなくても済むだろう。だが、余りにも複雑で一人ひとりの過程が違い過ぎる。
こうした波動上昇と気付きの道のりを辿るには、一人ひとりのエネルギーを見ることができる誰かの助けなしには難しいものがあると思う。
かつては修行僧が何十年もかけて到達する過程を、1年余りで可能とするこの教室こそが、私が心から望んだスピビであったに違いない。

【スピリチュアルビジョンをどう使うのか?】
波動を上げる度に新しい体験がやってくる。それは私にとって尽きることのない私が望む最高の人生だ。様々な体験を通して自分の主体性が確立されると共に、大変な力も得たし、その力を確認できるような体験(試験)さえもやってきた。
そうした気付きから遠い存在だった私に、気づけるように促してくれた多くの人々の助け、そして天の導きと計らいに心の奥底から感謝の気持ちが湧き上がってきた。
これからは自分自身で愛を蓄えて、寺尾夫美子さんから教わったように、周囲に愛のエネルギーを流せるように、更に自分を高めていくことに使おうと思う。
自分の為にしたことが他人の為にもなるなんて、何という幸せ、何という歓び。こんな幸せな気持ちを、以前にもどこかで私は味わっていたような気がする。そうなる仕掛けを自分自身で細工しておいたような気持ちさえする。

この論文を書き終えた頃に、ふと私が幼い時に繰返し見せられていたビジョンが浮かんできた。それは、まだ文字さえ知らない私に、多くの大人達が相談にやってくるというおかしな光景だった。
幼い自分とは真我を指し、多くの相談者とは肉体をまとった自分自身や、これから出会う多くの人々のことではないのか?
見せられていたビジョンは、半世紀以上もの先の自分自身を示すものだったんだ。随分と長くお手間をとらせてしまって、すみませんでした。と涙した。